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zoom RSS 無料配信の五木寛之さんの『親鸞』【無料配信18日まで延長】

<<   作成日時 : 2010/06/09 05:06   >>

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五木寛之さんが自身の作品の『親鸞』を無料で配信されてるというので、ダウンロードして読んでみました。
上巻だけですが、まるまる一冊分を無料配信するのだからすごい。
さすが、文豪!というべきか?さすが五木寛之さんと言うべきか?
五木寛之さん、太っ腹やね〜ヽ(^o^)丿
ベストセラーになったから、いまから無料にしてもかまわないということかな。
印税対策かな?(^_-)-☆
上巻を読んだあと、下巻を買わせようという出版社の思惑もあるんでしょうけどね。


ここから講談社のサイトに行くと読めます。

        

http://shin-ran.jp/

注意 6月11日までの限定配信ということなのでお早めに読まれることをおすすめします。

12日に追記 限定配信は、好評に付き6月18日まで延期されるそうです。 (^^♪


読んで思ったのは、『ipad』などの電子書籍というので読むとこんな感じなのかな?ということです。

モニターに表示して読んでいくのですが・・・・・・

電子辞書なんかでも感じたことですが、書籍としての重さを感じないのが良いのか悪いのか?

旅行なんかでは、便利でしょうね。

ねこのひげは、オフクロを病院の定期健診に連れて行ったときの待ち時間に読むために買ってもいいかな・・・・と思ってますけどね。

でも、あの大きさでは、ポケットにはいらないな〜。

何千冊分も持ち歩けるというのはいいですけどね。

4,5ページ戻って見たいときとか、指を挟んでおいてとか、辞書だと探している文字の前後を見れないとか・・・・

アナログ的なことは出来ないんでしょうけどね。

便利は便利ですね。

短絡的に、本が消えてしまうのではないか?と心配している人がいますけど、ぜんぶが電子書籍に変わることはないでしょう、選択肢が増えるということでしょうね。

テレビが出てきたときに、ラジオや映画が無くなると心配した人がいたけど、いまだにありますからね。

そうそう、カメラが発明されたときも、画家という職業はなくなるだろうと言われたそうです。



『親鸞』は、聖徳太子と同じく架空の人物と思われていたそうです。

『親鸞』というのは、浄土真宗の開祖です。

近年になって娘とのやり取りの手紙が出てきて、言い伝えとほぼ一致したので、実在の人物ということになったそうです。

残された資料が少ないからといって、架空の人間にされては堪りませんよね。

中国の殷(商)という3000年前の古代国家も、伝説の国と思われていたのが、大量の青銅器が掘り出されて実在した国家とわかりましたからね。

親鸞という人物については、大勢の小説家が作品にしてますけど、その人生はよくわかっていません。

わからないほうが神秘性があるというので、隠していたのかもしれませんしね。



よくわかっていないから小説にしやすいというのもあるのかもしれませんけど、何人もの作家が小説にしています。

わかっていない部分を想像して膨らませることが出来ますからね。

『親鸞』を題材にした小説で代表的なのは吉川英治の作品でしょう。

そのほかの作家の作品も読みましたが、やっぱり吉川英治さんはすごいですね。
小説『親鸞』はあの『宮本武蔵』と同時期に書かれています。

吉川英治さんが、一番脂の乗り切っていたときでしょう。いまの一般人が思い浮かべる宮本武蔵の典型的な姿かたちは、吉川英治が作ったと言えるでしょうね。

後の作家たちも宮本武蔵を書いてますが、吉川英治さんを超えた武蔵を作り出した人はいませんね。

日本語の味わい深さとか豊かさを表現できる新人小説家というのも、なかなか出てきてませんね。

この人は、すごい!期待持てると思った新人作家はいたけど、若くして亡くなったり、別の方向に行ってしまって消えたり・・・・・

だれでも、一冊は小説を書けるそうですから、1冊2冊書いたぐらいで、小説家になった気でいるうちに消えてしまうんですね。

全集をだせるくらいの量を書いて出版して、はじめて小説家といえるそうです。


五木寛之さんの親鸞も、なかなか・・・・まだ上巻だけなので・・・下巻を買うかな?(^^ゞ

出版社の罠に落ちたかな?($・・)/~~~



親鸞は、12世紀、鎌倉時代初期の人です。

平家全盛から平清盛が死んで、平家と源氏が戦い。源頼朝が鎌倉幕府を始めるころは、末法の世が訪れたと言われていたころです。

末法という意味では、今も昔も変わりませんけどね。

そのころの京都は、荒れ放題で、京都御所や、お寺の白壁には、飢えた人が横たわり、賀茂川原には、京都中から集められた死体が山積みになっていました。

源氏の幕府の置かれた鎌倉の由比ガ浜から江ノ島あたりの海岸にも、死体が山のように、捨てられていたそうです。


現在の賀茂川原の土手では、夏になると恋人同士が並び、鎌倉の海岸には、水着姿の兄ちゃん姉ちゃん達が、コウラ干しをしてますが、そこに、かつて何百何千という死体が転がっていたことを知っている人間は、ほとんど、いないでしょうね。

しかも、腕がちぎれたり、頭がなかったり、腐ってウジが湧いている死体がゴロゴロ・・・それを野犬が齧り、カラスが突く。

ゾンビ映画というか、ホラー映画の世界が、800年前には、賀茂川原や由比ガ浜で現実にあったのです。

豊臣秀吉の時には、三条川原で、毎日のように磔が行われ、大泥棒の石川五右衛門の釜茹でが行われました。

三橋美智也さんの『ああ、新撰組』でも歌われたように、幕末には新撰組が闊歩して、四条川原で勤皇の志士の首をちょん切ってました。


それを考えると、賀茂川原や由比ガ浜で、寝転がるのも考えものですけどね。


最近は死体ひとつで大騒ぎですが、そのころは、珍しくなかったのです。

親や子供に対する虐待やイジメでも大騒ぎですが、親が子を殺し、子が親を殺すことも日常茶飯事だった時代なのです。


人の命など、昇る朝日の前の朝露のごとく、淡い存在だったのです。


だから、人は死体のそばで平気で寝たり食事をしていたりしました。

現代が生きづらいなんて言ってますが、そんななまやさしい世界ではなかったのです。

現代人が、あの時代に行ったら、一日も持たないでしょうね。



京都や鎌倉の大通りを、腕を咥えた野犬が歩き、飢えて痩せこけて今にも死にそうな人が、何百人も寝ており、夜ともなると、刀や長刀を持った強盗が集団でウロウロしていたそうです。

まさに、本物の百鬼夜行です。

検非違使という警察官みたいな役人もいましたが、とても、庶民にまで手が回りませんから、殺されて身ぐるみはがされた死体が、太陽が昇るたびに増えているというありさまだったようです。

鶴岡八幡宮前の若宮大路に転がっている死体をゴミのように集めて、由比ガ浜に運んでいって捨てていたのです。


表の歴史では、貴族の華やかで雅な文化、室町文化東山文化や、武士たちの質素な鎌倉文化が語られますけど、裏というか無名の庶民の歴史世界では、まさに阿鼻叫喚の地獄のようなおぞましい世界が展開していたのです。


そんなとき頼られたのが仏教です。

ただし比叡山の仏教は、朝廷や貴族のもので、庶民の物ではありませんでした。

比叡山では、国家安寧や皇族や貴族の極楽浄土の祈りばかりやっていたのです。

開祖『最澄』は、貧しい人とともにあれ。一番汚い服装ですごせと教えていたのに、このころは、金糸銀糸で織られた袈裟を着て、二重顎の僧侶が金貸しをして、酒を飲み、何人もの女を侍らせていました。

なんせ、比叡山の下には、坊さん相手の飲み屋や遊郭が軒を連ねていたのですから。


さらに、比叡山も権力の坩堝でした。天皇や皇族、貴族の子弟が、坊さんになると、すぐに高い地位につけましたが、ふつうの人間は、下の位の僧で我慢せざるを得ませんでした。


坊さんに位があること事態、おかしいのですが・・・・。


それに疑問を持った僧たちが、下山して庶民の中にはいて仏の道を説きだしたのです。


一般庶民の、生きている間がだめなら死んだ後に楽になりたい。天国に行きたい。地獄はいやだという思いが、新しい仏教を生んだのです。


浄土宗の『法然』が筆頭で、その教えに帰依したのが、親鸞です。
親鸞は、真の浄土宗ということで、『浄土真宗』と名づけました。

人殺しを生業とした武士や、十悪五逆の悪人、悪逆非道の強盗、売春婦、下人、非人などなど、最下層の人々から贅沢三昧の貴族さえも、南無阿弥陀仏と唱えて、救われたいと願っていたのです。


しかし、浄土真宗も弟子の時代になると各派に分かれて争うようになってしまいますけどね。

ちょうど、キリスト教やイスラム教が細分化されたように、浄土真宗も分かれていってしまい、比叡山の僧侶と同じように贅沢三昧になり、権力争いに明け暮れていきます。


人が3人集まれば、派閥が出来る。と言われますが、まさに派閥が出来ていったのです。


だから、13世紀になると新しい仏教として『日蓮』の日蓮宗が出てきます。

でも、こんどは、浄土真宗と日蓮宗の争いが生まれるわけですけどね。


最近でも、オーム真理教を筆頭に、わけのわからない新興宗教が、腐った肉に湧くウジのように湧いてきてますけどね。

それだけ、この世に辛いことが多いということでしょうけど、それを利用しようとする宗教家という名の詐欺師のなんと多いことか。


しかし、小説『親鸞』。波乱万丈でなかなかおもしろいです。


上巻を読んだだけで言えば、新人のような瑞々しさや外連味がないのが欠点かな?


でも、五木寛之さんは、大ベテランだからしかたないですよね。



                               





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参考資料





親鸞 (下) (五木寛之「親鸞」)
講談社
五木 寛之

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
五木寛之さんに共鳴しているのは、現在私が林住期であるということ。

私は初期万葉の歌も好きですけれど、本当に人の命のあえぎを感じます。
肉親が血で血を洗うそんな時代、人々はどんな思いで生きていたのでしょうか。
といいつつ、だらだらと生きている私であります^^;
はな
2010/06/10 19:32
うわっ
格調高いページを汚したかも知れません。
どうぞ、削除して下さい、失礼いたしました。
はな
2010/06/10 19:34
せっかくのコメントだから・・・残させてもらいますよ(^^♪
吉田兼好みたいに、徒然なるままに、だらだら・・・いいんじゃあないですか。
緊張ばかりしていては、体が、持ちませんよ。
のんびり行きましょう。( ^^) _旦~~
ねこのひげ
2010/06/11 04:50

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