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zoom RSS 小沢一郎は、織田信長か?

<<   作成日時 : 2010/02/03 05:16   >>

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という記事が載ってましたが。
そこまで、大物ではないでしょうね。
せいぜい、松永弾正ていどかな?
強引さが似ているということでしょうが。

織田信長は、上洛したとき、蘭奢待(ランジャタイ)という正倉院に秘蔵されていた天皇家所有の香木を、貴族や皇族を脅かしてなかば、強引に公開させ、一部を削り獲るという暴挙にでます。
蘭奢待には、いまでも、織田信長が切り取った跡というのが書かれた札が貼られてます。

香木というのは、うすく削り、いぶして、その匂いを楽しむ木のことで、有名なものでは、白檀があります。
白檀は、そのままでも香りがするので、扇子などにも使われてます。
蘭奢待の正式名称は、黄熟香で、沈香という香木です。

なぜ、蘭奢待と名づけられたかと言うと、織田信長の暴挙に怒った当時の関白が香木の名前を聞かれ、奢る侍が爛熟して滅びることを願って「蘭奢待」と答えたという逸話があります。

正式には、東大寺の名前が三つの字のなかに隠されているからということになってますけどね。

とうぜん、織田信長は、気がつきませんでしたが。

天皇の権威が低下していた当時でも、天皇家の所有物を強奪するなんて、考えられないくらいの暴挙です。

小沢一郎氏も、天皇陛下に会うためには、30日前に予約を入れなければならないという約束を強引にやぶって、中国の要人を天皇陛下に合わせてます。

侍従長が、批判したら、「やめてから文句を言え!」と言ったとか・・・・・

総勢300人を連れて中国にいったとか・・・・

民主党の人間が、誰も文句を言えないとか・・・・・・・

一般人から見ると、異様な行動や言動が目立ちます。

そのあたりが、織田信長とたとえられたのでしょうが。

織田信長みたいに、いずれ、暗殺されるかもしれませんね。


織田信長は、戦国時代末期の尾張の弱小大名で、駿河の大大名今川義元が京都に上洛するために2万人の軍隊を率いて、通過点の尾張をめざして東海道を進行してきたとき、桶狭間で、10分の一の2000人の兵力でやぶった。

というのが有名な話です。

じっさいには、今川義元の本隊は、3,4000人程度、大将である今川義元の親衛隊というか護衛といえる侍の人数は、さらに少なかったでしょう。たぶん、せいぜい200人程度で周りを護衛していたんでしょうね。2000人で奇襲すれば、十分倒せます。2万人全部倒す必要はないのです。

そして、今川義元の首さえ取ってしまえば、織田方の勝ちです。

いまのように隊長がやられたら、副隊長が変わりの指揮をとって戦争を続けるというようなことはありません。

当時は、全滅するまで戦うことはありませんでした。大将がやられたら、戦争をやめて引き上げてしまいます。

上洛途中で、武田信玄が死んだときは、武田軍は、サッサッと山梨に引き返してます。まさに、これがそうです。

当時の戦争の作法としては、大将が死んだら、戦争はとりあえず終りだったのです。

将棋も、歩や桂馬などの駒がいくら残っていても、王将の駒を取られたら終りですよね。当時の戦争も、将棋と同じで、殿様を殺されたら勝負は負けなのです。


大阪夏の陣でも、真田幸村(信繁)は、真田軍団を率いて、徳川家康の首を狙って、徳川の本陣にめがけて突入していきます。

はばまれて失敗しますが、徳川家康の首を取っていたら、豊臣の勝ちだったわけで。

それを狙ったんですね。



で、今川義元の首を取った織田方の勝ちとなり、織田信長の名前は、日本全国に知られるようになります。

その後から、織田信長は、天下布武の旗印の下に、日本を支配しようとし始めますが・・・・・・。

でも、ねこのひげが思うに、世間に喧伝されているほど、織田信長は、天下を狙えるような大物ではなかったと思いますね。

合理的で冷徹で、計画的に行った人物と言われてますが、戦争では、けっこうなんども負けて逃げてます。

短気で、ちょっとしたことで、部下を切ってます。

豊臣秀吉のような”人たらし”のお調子者でも、殺されかけたことがなんどもあります。


当時の戦国武将としてはあの程度の残虐さは普通であったという話もありますが、おかげで、なんども反乱にあったり、謀反にあったりしてます。

絶えられなくて、謀反を起こしたのは、明智光秀1人だけではありません。

何人もいます。


歴史上の有名人というか、英雄と呼ばれる人物は、とかく過大評価されすぎる傾向があるように思います。

坂本龍馬とかも、そうたいしたことは・・・・・・・・(~_~)

武田信玄や上杉謙信も、しょせん、天下を取れるほどの器量はなかった気がしますね。


こう書くと、各ファンから噛みつかれそうですが・・・・・(^^ゞ

NHKの大河ドラマを見てもわかるように、立派な人物だったとか、勇猛果敢であったとか、美男美女であったとかは、後の小説家の脚色によるところが大きい。

ちなみに、坂本龍馬は、身長約172センチ。体重約85キロ。

いまでいうメタボ体形であったそうである。

福山雅治さんのように、スマートな美男子ではなかったのである。

福山さんは、身長180センチ。体重73キロだそうです。

『仁Jin』の内野聖陽さんの坂本・・・武田さんの・・・香取くんの・・・・龍馬でも、なかったようですけどね。

人は、その時代に人気のある人物と理想像をダブらせるんだね。


さて、織田信長は、上洛して天下を取ったように見えますが、関東には北条。北陸には上杉。甲州には武田。中国には毛利。四国には長宗我部。九州には島津。と頭を下げてない大名が数多く残っていて、四面楚歌状態であったといえます。

各地に自分の部下の武将を派遣して、そこらじゅうで戦争をしていました。

織田信長の支配していたのは、中部地方から近畿大阪あたりのみといえます。

その支配地域でさえも、いまの浄土真宗、当時は一向宗と呼ばれた人々により、各地で一揆が起きてますし、鎮圧するのに何年もかかっています。

まだ、全国を統一していないのに、安土に巨大な城を建てたのも、ハッタリのためと言われてます。

本能寺の変が起きてなくても、明智光秀が謀反を起こしていなくても、日本全国制覇。天下布武は無理だったんではないでしょうかね?


本能寺の変で織田信長が殺されて以降、信長の家来だった豊臣秀吉は、うまく立ち回って、信長が20年ぐらいかかった仕事を、わずか数年程度でやってのけ、その武力も財産も織田信長の築いた財産をはるかにしのいでしまいます。


石山本願寺の跡に建てた大阪城は、織田信長の築いた安土城を凌ぐ大きさとゴージャスさを誇っていました。


中四国、九州の端から関東、東北までの大名に頭を下げさせたのですから、まさに天下を取ったといえるでしょう。

その跡、朝鮮半島と明に戦争を仕掛けたのは、成功しすぎて増長したのか?ボケたのか?このころから常軌を逸した行動が目立っていますからね。

朝青龍も、のぼせ上がってんだね。

横綱だからといって許されないことはあるんだよ。


織田信長も、上洛したあたりからおかしな行動が目立ってましたからね。

先に述べた欄奢待だけでなく、比叡山の焼き討ちや一向一揆などでも、何万人もの人を殺すような強引なやり方で人々の反感を買ってます。

いずれは、他の大名に倒されるか?明智光秀でなくても、他の部下の裏切りにあって殺されたでしょう。



小沢一郎も、織田信長とおなじで、政権とったら、こっちのものだと思っているのかもね。

そうはいかないのが世の中ということがわかっていない。


織田信長が、斬新な大名と言われながら、戦国大名の残滓を引きずっていたように、小沢一郎は、田中角栄のような古い金権政治家の生き残りでしょう。

現代の官僚というのは、あのころの公家、貴族みたいな物かもしれませんしね。

陰険で陰湿な方法で、ネチネチとあら探しをして、なんとか失脚させようとしているところでしょう。


織田信長は、武力で、豊臣秀吉は、金の力で、徳川家康は、武力だけでなく、政治力によって日本を統一したといえます。


鳩山総理は、織田信長に利用されたあげく放り出された室町幕府最後の将軍足利義昭みたいなものかもしれませんね。

血統だけで天下を取れるなら、織田信長の次男三男(長男は本能寺の変で信長とともに殺されている)や豊臣秀吉の息子秀頼が天下人になってもおかしくはないわけですからね。

さてさて、どの政党か政治家が、徳川家徳川家康なのでしょうか?

織田信長以上に三河の弱小大名だった徳川家康は、幼いときの人質生活から臥薪嘗胆して、ついに日本統一を成し遂げ、250年に渡り戦争のない平和な時代を築き上げました。

『パクス・ロマーナ』という言葉があるように、『パクス・トクガワーナ』と、最近の歴史家の間では、江戸時代に再評価がされているそうです。

戦うのが商売の武士にとっては、江戸時代はつらい時代だったでしょうが、庶民にとっては、平和を謳歌できた時代です。
町人文化が、花開いた時代でもあります。



『パクス・ロマーナ』というのはローマがヨーロッパを支配することで平和をもたらした時代をさす言葉です。
2000年以上前、『全ての道はローマに通ず』というくらいヨーロッパのの中心がローマにあり、ヨーロッパが平和だった時代があるのです。

シーザやクレオパトラの時代です。


いまは、アメリカ合衆国が中心で、いずれ中国に中心が移動するかもしれませんが、世界に平和をもたらしているとはいえませんね。


自民党は、60年に渡る繁栄と平和を日本にもたらしたことは間違いないですが、徳川のように200年以上に渡る平和を日本にもたらすのは、どの政治家政党ですかね。

薩摩と長州が勝利した明治以降、第二次世界大戦の敗北まで、日本は戦争をし続けてきたからね。


もしかして、東国原・・・・橋下・・・・・・舛添・・・・・・・・・・・・・まさかね。


まったく、無名の政治家が、出てくるかもね。


だれにも、未来のことはわかんないけどね。


だれでも、いいから、現状を、何とかして欲しいと思っているのが、庶民感覚だよね。



                                



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